2023年12月,日本製鉄 (NIPPON STEEL CORPORATION) は US スチールを買収する計画を発表した。
その後、交渉は紆余曲折を経たものの、2025 年 5 月にトランプ大統領が買収提案を承認する意向を示したことで、計画は大きく前進した。そして、同年 6 月 18 日、US スチールの完全子会社化が実現した。
日本製鉄と US スチール
買収計画の主役である日本製鉄と US スチールの比較を行う。
日本製鉄と US スチールの比較表
| 項目 | 日本製鉄 | US スチール |
|---|---|---|
| 設立 | 1950年4月 | 1901 年1 |
| 代表者 | 代表取締役社長 兼 COO 今井 正 | 会長 兼 CEO John P. Surma Jr. |
| 資本金 | 419,799 百万円(2024年3月31日現在) | US$ 18.053 billion (2023) |
| 従業員(連) | 113,639 名(2024年3月31日現在) | 21,803 名 |
日本製鉄
日本製鉄は、日本最大手であり、世界でもトップクラスの鉄鋼メーカーで、日本国内および世界 15 か国以上に製造拠点を展開している。
同社は、関連会社を含めた国内外で年間粗鋼生産能力を 1 億トンに引き上げる目標を掲げており、US スチールの買収によって 8,600 万トンへと大きく前進することとなる。
特に、中国の過剰生産による鉄鋼市場の低迷が長期化する中、最大の高級鋼需要国である米国での事業拡大は、日本製鉄の成長戦略において重要な柱となる。
交渉のキーマン,副会長・森 高弘氏
日本製鉄において買収交渉の中心人物を担ったのは、副会長・森 高弘氏である。森氏は長年にわたり海外事業を手がけ、出資先であるブラジルの製鉄所の経営再建にも成功した実績を有する。
同社の会長兼 CEO である橋本 英二氏は、森氏について「超人的な粘り強さと緻密な頭脳の持ち主」と高く評価している。
さらに、財務、法務、技術などの担当役員や部長級の約 40 名で構成される「USS プロジェクト」チームが、交渉現場において森氏を支えた。
US スチール
US スチールは、アメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグに本社を置く総合製鉄会社であり、米国および中央ヨーロッパに大規模な生産拠点を持つ。
同社は、鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギー氏が 1901 年の創立に関わったことで知られる。
また、US スチールは米国市場において初めて株価時価総額が 10 億円を超えた企業でもある。
1960年代には世界最大の製鉄会社であったが、日欧からの鉄鋼流入の影響を受け、競争力が低下した。
その後、慢性的な経営不振に陥り、2023年8月には身売りも含む戦略的選択肢の検討を表明した。
日本製鉄による US スチール買収計画の経緯
日本製鉄による US スチール買収計画の経緯を示す。
| 年月日 | 経緯 |
|---|---|
| 2023年12月18日 | 日本製鉄は US スチールを買収する計画を発表。買収総額は約 2 兆円(約 141 億ドル)の予定。 |
| 2024年4月12日 | US スチールは臨時株主総会を開き,買収を承認 |
| 2024年8月29日 | 日本製鉄は,US スチール買収後の追加投資を発表 |
| 2025年1月3日 | バイデン米大統領(当時)は,安全保障上の懸念を理由に買収禁止を命令 |
| 2025年1月6日 | 日本製鉄は US スチール買収への不当介入に対して複数の訴訟を提起 |
| 2025年1月13日 | バイデン大統領が日本製鉄の買収計画を禁止する方針を固める。 これを受けて,日本製鉄は US スチールの買収禁止命令を不服として米国連邦裁判所へ提訴 |
| 2025年2月7日 | 石破首相とトランプ大統領の初会談。第二次トランプ政権下にて,買収ではなく投資をすることで合意 |
| 2025年2月9日 | トランプ大統領は「日本製鉄が US スチール株の過半数を保有することはない」と明言。 |
| 2025年2月10日 | 林官房長官が記者会見で「日米がウィンウィンになるような,これまでとは全く異なる大胆な提案を(日本製鉄が)検討している」と語った。 |
| 2025年2月25日 | 全米鉄鋼労働組合 (USW : United Steelworkers) は,US スチールが数か月にわたり組合員を威圧したとして,米政府の独立行政機関である全米労働関係委員会 (NLRB : National Labor Relations Board) に告発したと発表。 日本製鉄による買収計画に対する反対意見を封じ込めようとしたと主張している。 |
| 2025年4月7日 | トランプ大統領が買収計画の再審査を CFIUS に指示 |
| 2025年5月21日 | CFIUS による再審査の期限。 同日,CFIUS はトランプ米大統領に勧告書2を提出したが,詳しい内容は明らかになっていない。 |
| 2025年5月23日 | トランプ大統領は,日本製鉄による US スチール買収提案を承認する意向3を示した。 |
| 2025年5月30日 | トランプ大統領は,ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外の製鉄所で集会を開いた。 |
| 2025年6月14日 | 日本製鉄は,US スチールとのパートナーシップをトランプ大統領が承認したと発表 |
| 2025年6月18日 | 日本製鉄が US スチールの普通株 100 % を取得し,完全子会社化が実現 |
| 2025年6月20日 | 日本製鉄による US スチール買収を巡る行政訴訟で,日本製鉄と米政府が訴えの取り下げで合意 |
日本製鉄の森高弘副会長は,買収交渉の責任者であり,インタビューでは,自動車大国の米国に対して次のように述べていた。
- 米国は世界最大の高級鋼市場だ
- 我々が成長できる国でインサイダーになることは非常に重要だ
対米外国投資委員会 (CFIUS) の再審査(2025年4月7日)
2025年4月7日,トランプ米大統領は,日本製鉄による US スチール買収計画について,対米外国投資委員会 (CFIUS : Committee on Foreign Investment in the United States) に再審査を命じた。日本製鉄側の提案が,国家安全保障上の脅威を軽減するのに十分かどうか,45 日以内に報告するよう指示する文書に署名した。
CFIUS が再審査を行うのは極めて異例で,バイデン前大統領による禁止命令で膠着状態にあった買収計画が進展する可能性が出てきた。
日本製鉄は「審査を改めて行うよう指示したことに感謝する。すでに計画している投資に着手できるよう,早期の審査完了に期待する」とのコメントを出した。
(参考)完全子会社と投資の違い
完全子会社と投資の違いについて整理する。
| 項目 | 完全子会社 | 投資 |
|---|---|---|
| 出資比率 | 100 % | まちまち |
| 経営権 | 取得 | 取得できる場合もある |
| 経営の相乗効果 | 生める | 生める場合もある |
| 業績 | 業績を連結 | 業績の連結は出資比率による |
買収計画 承認へ
米大統領が買収計画を容認、日本製鉄と US スチールの提携が前進(2025年5月23日)
日本製鉄による US スチールの買収計画を巡り,トランプ米大統領は2025年5月23日,両社の「計画的なパートナーシップ(提携)4」を承認する意向を示した。
2025年5月23日,トランプ米大統領は自身の SNS に,以下の内容を投稿した。
- 少なくとも 7 万人の雇用を創出し,米国経済に 140 億ドルの効果をもたらす
- 投資の大部分は今後 14 か月間で行われ,ペンシルベニア州で史上最大の投資となる
- 多くの検討と交渉の結果,US スチールが米国にとどまり,本社をピッツバーグに維持する
- 2025年5月30日にピッツバーグで演説する
- 関税によって鉄鋼は再び「メイド・イン・アメリカ」になると保証する
当初、日鉄による買収に懐疑的であったトランプ氏が方針を転換した背景には、大規模な追加投資を含む日本製鉄の提案が、米国側の安全保障上の懸念を和らげたことがあると見られる。
もっとも、当初計画よりも大幅に増加した投資規模は、日本製鉄にとって財務的な負担増加につながる恐れがある。
さらに、買収に際しては、レイオフ(一時解雇)や工場閉鎖を行わないこと、取締役の過半数を米国籍とすることなども「約束」されており、これらが将来的な経営の柔軟性を制約する可能性も指摘されている。
US スチールは同日、トランプ氏のリーダーシップと個人的な配慮に謝意を示す声明を発表した。
President Trump is a bold leader and businessman who knows how to get the best deal for America, American workers and American manufacturing.
U. S. Steel will remain American, and we will grow bigger and stronger through a partnership with Nippon Steel that brings massive investment, new technologies and thousands of jobs over the next four years.
U. S. Steel greatly appreciates President Trump’s leadership and personal attention to the futures of thousands of steelworkers and our iconic company.
トランプ大統領、日本製鉄と US スチールの合意を称賛(2025年5月30日)
2025年5月30日,トランプ大統領はペンシルベニア州ピッツバーグ郊外の製鉄所で集会を開き,日本製鉄と US スチールの「合意」を称賛した。
トランプ大統領は,集会での主な発言は以下のとおり。
- 我々は偉大なパートナーは得る。
- US スチールは米国企業であり続ける
- 日本製鉄が約束した 140 億ドルの投資は,米国の鉄鋼業界史上,最大だ
- US スチールは米国にコントロールされ続ける
- 米国鉄鋼産業を守るため,追加関税を 25 % から 50 % に引き上げる
一方,外交的にも微妙な問題になっている日本製鉄による買収を承認するかどうかについては明言を避けた。
トランプ大統領の演説に先立って,日本製鉄の森高弘副会長が登壇し,次のように述べた。
- トランプ大統領が我々のパートナーシップを承認してくれたことで,US スチールの未来が守られた
- US スチールを世界の舞台で変革させるための大規模な投資を開始する
- 米国で,世界で最高の鉄鋼メーカになろう
なお、日本製鉄は US スチールの完全子会社化と米政府との「国家安全保障協定」の締結に向け、引き続き最終調整を行っているとされる。トランプ大統領も演説後、早期の結論を出す意向を明らかにした。
日本スチールによる US スチール買収,米大統領が承認(2025年6月14日)
2025 年 6 月 14 日、日本製鉄は US スチールとのパートナーシップに関して、トランプ大統領の承認を受けたと発表(出典:「日本製鉄と US スチールのパートナーシップに関するトランプ大統領の承認について」)。
同社は、米政府と締結した「国家安全保障協定」に基づき、US スチールの普通株式 100 % を取得する買収が認められたことを明らかにした。
また、米政府が US スチールの経営における重要事項に対して拒否権を行使できる特殊な株式「黄金株(ゴールデンシェア)」を保有することで決着した。この合意により、日本製鉄は買収後も US スチールの企業統治、生産体制、通商政策への対応について、米政府の一定の監督権限を受け入れることとなる。
黄金株とは。
普通株式とは異なる権利を持つ「種類株式」の一つ。1 株の保有でも重要事項に拒否権を行使できる強い権限を持つ。「拒否権付き種類株式」とも呼ばれる。
US スチールの黄金株の内容は。
米政府に黄金株 1 株が割り当てられる。米政府は独立取締役 1 人の選任権を持つほか,様々な重要事項に決定権を持つことになる。
- 設備投資の削減
- 社名と本社所在地の変更
- 米国内工場の閉鎖
- 生産・雇用の米国外への移転
日本製鉄側は米政府の結んだ国家安全保障協定と重なる部分が多い都市て,「経営の自由度は確保されている」と説明している。
2030 中長期経営計画
日本製鉄は2025年12月12日,2026 年度から 5 年間の中長期経営計画を発表した。2030年度まで国内外で設備や事業に約 6 億円を投じ,成長が見込まれる米国やインドなど海外を重点投資する。
今井正社長は記者会見で「国内の収益向上と海外の成長戦略を実行し,世界ナンバーワンの鉄鋼メーカに復権を果たす」と意気込みを語った。
中長期経営計画のポイント
- 2026 ~ 2030 年度に国内外で 6 兆円規模を投資。US スチールへ約 1.7 兆円の投資を含め,海外に重点投資
- 国内は生産能力を維持。自動車や建築,エネルギーなど各分野で国内需要を取り込み,収益力向上を図る
- 海外は米欧,インド,タイを重点地域とし,日本製鉄の技術・ノウハウを最大限移転
- 脱炭素に向け,2030年まで国内で大型電炉を本格運用
日本製鉄株式の保有履歴
私の日本製鉄株式の保有履歴を紹介する。2014年3月,新日鉄住金 (NIPPON STEEL & SUMITOMO METAL CORPORATION) 時代に株式を取得して以降,一貫して保有を続けている。
| 約定日 | 取引 | 数量 | 単価 |
|---|---|---|---|
| 2014-03-12 | 買付 | 1,000 株 | 280.0 円 |
| 2015-09-25 | 入庫 | 100 株 | 2,800.0 円 |
| 2015-09-25 | 出庫 | 1,000 株 | 280.0 円 |
参考文献
- 日本製鉄
- United States Steel
- 日本製鉄株式会社「日本製鉄 2030 中長期経営計画」,2025年12月12日
更新履歴
- 2025年2月11日 新規作成
- 2025年4月12日 対米外国投資委員会 (CFIUS) の再審査を追加
- 2025年5月24 – 25日 トランプ大統領が買収提案を承認する意向を示したことを追加
- 2025年5月31日 – 6月1日 トランプ大統領はペンシルベニア州ピッツバーグ郊外の製鉄所で集会を開いたことを追加
- 2025年6月14日 日本製鉄とUS スチールのパートナーシップをトランプ大統領が承認した旨を追加
- 2025年6月20日 完全子会社化が完了した旨を追加
- 2025年12月13日 参考文献に「日本製鉄 2030 中長期経営計画」を追加
- J.P. モルガンおよびエルバート・ヘンリー・ゲーリーが保有していたフェデラルスチール,アンドリュー・カーネギーが保有していた製鉄会社カーネギースチールの合併により,1901年2月25日,ペンシルベニア州ピッツバーグにおいて設立。 ↩︎
- ホワイトハウス高官によると「CFIUS の勧告は,全てが同じ意見ではなかったが,大半の機関はいかなるリスクも緩和によって対処できると考えている」とした。 ↩︎
- トランプ大統領の交流サイトで発信。 ↩︎
- トランプ氏が承認した「計画的なパートナーシップ」が,もともと日本製鉄が計画していた完全買収なのか,出資を含めた新たなスキームなのかは判然としない(2025年5月25日現在)。 ↩︎
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